みなみ事務所からのお知らせ

若者雇用問題の根本原因に照射する2冊の本・・・『若者と労働』『教育の職業的意義』

最近読んだ2冊に、多くの示唆を受けました。『若者と労働』(濱口桂一郎/中公新書ラクレ) と 『教育の職業的意義』(本田由紀/ちくま新書)です。


『若者と労働』の論点は多岐に渡っていますが、その梗概を言えば

①    「ジョブ型」社会と「メンバーシップ型」社会の定義づけと分類。

②    日本の労働事情を分類すれば、基本は「メンバーシップ型」であり、「ジョブ型」は周辺化された形態であること。

③    日本の雇用政策は、かつては欧米型ジョブ型志向であったものが、1970年代に入ってメンバーシップ型へと全面的に転換したこと。

④    正社員の際限のない長時間労働など無限定な職務命令が成立し得ていることや、非正社員の低劣な労働条件や不安定雇用の淵源が、ともに、メンバーシップ型」雇用と「ジョブ型」雇用の峻別にあること。

⑤    若者雇用問題の処方箋のための漸進戦略としての男女共通「ジョブ型正社員」という働き方を確立すること。そのために、入社のシステムにおける教育と労働の密接な「無」関係を排し、教育と労働が密接な関係にある「就職型」教育システムを構築して、若者の雇用への移行を支える仕組みを作ること。

        ということになると思います。


『教育の職業的意義』はその表題のとおり、「教育の職業的意義」を基軸に

A)     非正社員の労働世界と正社員の労働世界が、全く相対立する原理によって成り立つ両極端なものであること。

B)     増加する非正社員の苦境とパイが縮小している正社員の苦境は、内容性質を全く異にしながら、その遠因が何れも1960年代以降の日本で「教育の職業的意義」が見失われてきたことにあること

C)     日本の「教育の職業的意義」が他国に比べて顕著に低く、国際的に見て特異であること。その最大の要因が、これも国際的に見て極めて特異な「新規学卒一括採用」という慣行にあること。

D)    「教育の職業的意義」と似て非なる「キャリア教育」の政策としての推進が、「教育の職業的意義」にとっての大きな障害であること。また、それが、進路選択において若者を苦しめ、追いつめる要因となっていること。

E)   90年代初頭以前の「日本的雇用」の復活可能性が失われた今、  「教育の職業的意義」の構築に向けた「柔軟な専門性」とも呼ぶべき教育課程のデザインが必要であること。

         を論じています。                                                                         


 企業経営のためには、多種多様な「職務」に具体的な「人」を結びつけなければなりません。結び付け方には大きく分けて二つがあり、一つは、「仕事」の方(=職務内容)を厳格に定めた上で、それにもっとも合致する「人」を選定する方法であり、もう一つは、何らかの仕事を担当するものとして「人」を雇用し、「仕事」の方はできる限り緩やかに、雇用する者の中から決めた担当者の持ち味が発揮できるように決めてゆくやり方です。
 欧米諸国も中国など日本以外のアジア産業諸国も前者のやり方をとり、「仕事」の内容、範囲、責任、権限などを明確に定めた上で、その「仕事」ができる「人」をはりつけます。 これに対し、日本では後者のやり方をとるため、その「仕事」にはりつける「人」は、その仕事を担当すると同時に完全にその「仕事」がこなせることは要求されず、その「仕事」をやがてこなせるようになるだけの素質なり、潜在能力さえあれば足りることになります。

 「人」と「仕事」の結び付け方が、日本以外の産業国では「仕事」がベースになっているのに対し、日本だけは「人」がベースになっています。この結果、医者、看護師など特定された専門職種を除き、日本の労働者は、労働市場において、この「仕事」ができる「人」として立ち現れることはありません。

 法律上は「株主(=メンバー・オブ・カンパニー)」に当たる社「員」が、日本では「従業員(被雇者=エンプロイー)」の意味に使われることに分かるように、日本では従業員は基本的には会社のメンバーとしての「人」と考えられており、「メンバーシップ型」であることが日本の労働社会の(国際的にみれば極めて特異な)特徴だということになります。これに対し、日本以外の産業国はすべて「ジョブ型」であって、これが国際的には当たり前なのだということになります。


 若者雇用問題の所在は、この先になります。

 日本の正社員は、担当する職務=ジョブの範囲や量が明確でなく、企業に所属する=メンバーであるということのみで、会社と雇用契約を結んでおり、そのため、担当する仕事が無定形無定量で歯止めがかからず、正社員の(超)長時間労働を生み出しています。

 それとは対照的に、日本の非正社員は、担当する作業=ジョブはかなり明確である代わり、会社への帰属性=メンバーシップは極めて希薄で、雇用契約が有期であったり、契約期間が切れたときはもちろん、切れる前でも、会社の業績など都合次第で簡単に雇用が打ち切られます。権限や責任も正社員と比べて大幅に限定され、給与や社会保険などの労働条件は極めて劣悪です。

 いわば、「ジョブなきメンバーシップ」原理の正社員と「メンバーシップなきジョブ」原理の非正社員という、両極端な二つの世界が併存しており、そのことがそれぞれの側を苦境に陥れる結果をもたらしているのだ、ということになります。


 両著の内容を詳しくご紹介することはできませんが、何れも、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」という分類、特に「メンバーシップ型」であるという日本の労働社会の国際的に見たときの(また、1960年代末から70年代にかけて変化があった時より前の、かつての日本の労働社会事情に照らしてみた場合の)特異性が、両著の扱っている如上の論点のキーワードになっているように思います。両著の論点と主張には重なる部分が多いですが、それだけに、併せて読むことで各論点についての理解を深化させることができるものと確信します。

 先にご紹介した『ブラック企業』は、「なぜ『今』、日本型のシステムを悪用するブラック企業が大量発生しているのか」と問うた上、その一定の回答ともなりうる分析と、そこからの対策を示していますが、両著は、こうした若者雇用問題の根本原因に照射して、将来に向けた処方せんを提起するものであると考えます。


カテゴリー: 労働事件関係 — 2013 年 9 月 4 日1:59 PM
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